2025年1月よりTVアニメ第二期の放映がスタートした『薬屋のひとりごと』
1月26日時点、Amazonプライムのランキング首位と第2期も相変わらずの人気ぶりを見せつけています。
なろう系小説としてスタートした本作は架空の中国風世界を舞台に、薬学に精通した主人公の少女・猫猫(マオマオ)の活躍を描く。
偶然をきっかけに後宮で宮女として働くようになった彼女がその薬師の知識を活かして後宮内で次々に起こる事件や謎解きを解明していく異色の「後宮ミステリー作品」。
大学時代に著者は中国史を専攻していた事もあり毎週楽しみに鑑賞しています。
(考察)「薬屋のひとりごと」の時代背景は唐代?
(※注:以下、アニメ未放送のネタバレを一部含みます)
『薬屋のひとりごと』は様々な中国王朝をミックスした世界観と言われていますが、登場人物の服飾や文化、政治情勢など唐王朝(618年~907年)をモチーフにした要素が多いと著者は考察しています。
まず『薬屋のひとりごと』の物語の舞台である架空の中国風王朝「茘(リー)」。
一方で実在の唐朝を統治した皇帝一族は李(り)氏。
「茘」と「李」で読みが同じであり、「茘=唐王朝」を示唆しているのではないかと思われます。
(ただし中国語の四声(声調)だと「茘=lì」と「李=lǐ」で発音が異なる)
なお西魏・東魏・北周・北斉・隋・唐といった南北朝~隋・唐の諸王朝の支配層は、実はいずれも北魏の武川鎮をルーツにもつ鮮卑系の軍人貴族層出身者であり、中国史研究の世界では彼らを「関隴集団(かんろうしゅうだん)」「武川鎮門閥貴族」等と呼びます。
そして唐の李氏もルーツをたどればこの「関隴集団」系の名門一族となります。
また作中で以前の茘朝では「女帝」と呼ばれる先帝の皇太后が国政を仕切っていた描写があります。
ズバリ史実でこれを連想させるのは中国の統一王朝で唯一の女帝・則天武后(624年〜705年)。
唐の皇后だった彼女は唐朝を乗っ取り自ら即位、「周」王朝を建国します。
さらに『薬屋』で最年少の上級妃として登場する里樹妃(リーシュヒ)のエピソードも則天武后を彷彿とさせる部分があります。
元々は先帝の妃だった里樹妃は先帝が崩御すると、一度出家して現帝の妃として幼くして再び後宮入りします。
一方、史実でも元々は唐の二代皇帝・太宗の後宮に入っていた則天武后。
…ところが太宗の実子で三代皇帝の高宗は彼女に惚れてしまい、なんと父である太宗崩御後に出家させた則天武后を自らの後宮に迎え入れるというインモラルな行動を起こします。
里樹妃のエピソードは則天武后と類似点がありモデルにしてるのは間違いないでしょう。
つづいて『薬屋』のファッション面から考察。
作中屈指の良識人・玉葉妃に協力してもらいます(か、かわいい…)
唐のひとつ前の隋の時代の貴婦人は平面的な髪型が主流でしたが、
唐の時代に入ると玉葉妃のように髪を高い位置で結って「立体的に盛る髪型」がトレンドになります。(引用先のXの動画参照)
この「高髻」の髪型の流行は文献からも確認できます。
唐太宗の時代に民衆が宮中で流行っていた「盛った髪型=高髻」を真似て奢侈を好むようになった事を皇甫徳が嘆き
「俗なお高髻、これは宮中のところが化かしたものなり」と述べています。
つぎに協力いただくのは白鈴(パイリン)お姉ちゃん(李白とくっつくのだろうか…)
彼女は眉間に花びらのような模様が描かれていますが、実はこれは「花子(ホワズ)」と呼ばれる実際に唐の時代に大流行したメイクです。
史料上において「花子」発祥は二つの説が確認できる。
ひとつは北宋の時代の書物『事物紀源』が出典で、南朝宋の皇帝である劉裕の娘・寿陽公主が合章殿の軒下で休んでいると梅花の花びらが額に落ちて付き、三日間洗い流す事ができなかった。それを可愛らしく感じた宮女達が真似をしたのがルーツだとする説。
いまひとつは唐の時代の『北戸録』の記述で、前述の則天武后に仕えた上官婉児(この人も有名な才媛ですが…)が、則天武后より額を叩かれる折檻をたびたび受けておりその傷隠しで額に花のデコレートをするようになり誕生したとする説。
劇中だと他に阿多妃(アードゥオヒ)等もこの「花子」の化粧をしている描写がありますが、『薬屋』の世界観の髪型やメイクの仕方をみるに唐の時代を大いに参考にしているのが分かります。
このように髪を盛ってアップにして額に「花子」をする唐のファッションは、実際に唐代の墳墓から出土した壁画の女性像からも確認することができます。
その他の要素としては『薬屋』で登場する李白(リハク)の名前が、
まんま実際に存在した「詩仙」こと盛唐の時代の詩人・李白と同じだったり…
(李白の漢詩は高校の漢文の授業でもおなじみですよね。)
また玉葉妃&翡翠宮の侍女トリオは西方の乾燥地帯の出身で玉葉妃の実家は交易で栄えている描写があります。
ここから茘朝がシルクロードを含む西域(現在の新疆ウイグル自治区周辺)を勢力下に治めている事が推測できます。
史実でも西域を支配した中国王朝はいくつかありますが、特に唐は世界帝国として広い版図を治めシルクロードを通じて西方諸国と盛んに交易をしていた王朝です。
それからアニメ第26話『隊商(キャラバン)』では猫猫たちが医局で「やぶ医者」から茶と月餅をご馳走されるシーンがあります。
漢民族の象徴的なお菓子である月餅ですが、伝承ではその発祥は吐蕃(とばん、現在のチベットを周辺とした国家)の商人が唐の高祖に献上したお菓子だと言われています。
…ということは『薬屋』の世界線を現実の時間軸に当てはめると唐の時代以降の出来事といえるかもしれません。
さてここまで『薬屋のひとりごと』=唐代説を立証する根拠をつらつらと述べましたが、
一方で作中にはその他の時代の要素も多くみられます。
たとえば壬氏のお付きの宦官・高順(ガオシュン)。
彼の名前の元ネタは、三国志最強の呂布の部下の武将・高順と思われ後漢~三国時代要素ですね。
また唐の時代にはまだ発明されていないはずの黒色火薬が作中では既に登場しています(史実では火薬の発明は9世紀の宋の時代)。
壬氏暗殺未遂では、これまた唐の数世紀後の発明品であるマッチロック式の銃(要は火縄銃)「飛発(ファイア)」が出てきたり。
先に述べた「女帝」は則天武后ではなく、帝位には就かずに裏から皇帝を操った漢の呂太后や清の西太后をモチーフにしている可能性もあります。
『薬屋のひとりごと』は唐の時代の要素が多いが、他の中国王朝の要素もミックスして創作された架空の中華世界というのが私の結論です。
中国宮廷料理と「涵梅舫(かんめいほう)」
『薬屋』で翡翠宮に入った猫猫の最初の仕事は「玉葉妃の毒見役」でしたが、史実の中国王朝の宮廷でも貴人の毒見役が長らく存在していました。
…なんとラストエンペラーとして有名な愛新覚羅溥儀(あいしんかくらふぎ、1906年~1967年)の時代まで毒見役がいたというから驚き。
溥儀が満州国皇帝として即位し来日した際も毒見役が数人随行。
この時の溥儀一行を饗応する宴席の料理の責任者を務めたのが佐藤健主演のドラマにもなった、かの有名な「天皇の料理番」こと秋山徳蔵(1888年~1974年)。
ところが毒見役達は出された料理しっかり検分して毒見したため、せっかく秋山達が美しく盛り付けた料理がグチャグチャになり台無しに。秋山が不満を述べたと言われています。
さて銀座の「涵梅舫」は2021年に食べログの中国料理百名店に選ばれているのみならず、北京宮廷料理の流れを汲む。
さらに宮廷料理の極致とも言われる「満漢全席(※)」を提供できる日本国内でも数少ない店となります。
(※清王朝の宮廷で行われた満族と漢族の料理を数日間にわたって100種類以上饗する豪華な饗宴。ただし「満漢」両方を同時に出すという様式は宮廷発祥ではなく清滅亡後に民間で誕生したとする説もある。)
「涵梅舫」で食べたもの
■宮廷風ランチ「羊肉クミン炒め」 …¥2980

前菜

左から「泡菜」と「焼き豚」。
「泡菜」は乳酸発酵が進んでおり爽快な酸味感が引き立つ。
「焼き豚」の方はしっとり食感で五香粉特有の甘味を包含したタレがかかってます。

「イカの宮廷風辛味和え」湯引きしていると思われますが刺身に近いシコシコ感を残している。
イカの甘味と辛子の辛味成分が口の中で絡み合う繊細な味わい。
「玉米湯(ユイミータン:コーンスープ)」は嫌味のない上品であっさりとした後味ですね
羊肉クミン炒め

メインディッシュの「羊肉のクミン炒め」。中国宮廷料理というより新疆など西北料理ぽい?
…でも、清の乾隆帝の側室の容妃(香妃伝説のモデルの人でもある)はウイグル人。彼女の入内にあたってイスラーム系の回族の料理人が宮廷に雇われた事で知られています。なので実際の中国王朝の宮廷料理にこの手の西北料理があったとしてもおかしくないはず(笑)

具はラム肉、白ネギ、パクチー。
クミンは醤(ジャン)状のタレにして絡めて炒めてあります。タレが肉や野菜の具によく浸透しています。
新疆料理店などで見られる「烤羊肉串」(羊の串焼き、シシカバブ)はホールスパイスをぶっかけて焼くので少し味わいが異なります。ほどよく辛くスパイス感があり美味い。

しっかりと肉肉しい固さのあるラム肉。
パクチーは下処理がされているのか特有の香りが全くしません。パクチーが苦手な方でも比較的食べやすいと思いました。
点心とデザート

白ごまのついたあっさり味の点心

デザートの「杏仁豆腐」。ジャスミンティーもついてくるのでティータイム代わりにも良さそうです。
あとがき
以上、都内で中国宮廷料理を感じられる「涵梅舫」でした。
ここに来れば気分は『薬屋のひとりごと』の世界?
今後もこのように「中国史×中国料理(中華料理)」のグルメ紹介をしていきたいと思います。
お店の場所
メニュー写真


